領地を“保全し運営する”戦国時代を生き抜くために。

ちいさな帝王学

領地を有する武士にとって、下級豪族から大名に至るまで領地の保全と運営にかかわる事柄は、死活問題であり必要不可欠の問題でした。
 これらの問題に対応するための知恵や知識が、旧家に伝わるしきたりであり、ここに小さいながらも帝王学が存在します。肥前春日流もこの例に従うもので、領地を運営する上で必要な「統治」「外交」「軍事」などに関する知識を含んだ事柄が、伝承されています。
 現在の春日会では上瀧家伝の武家の心得を肥前春日流と称し、保存継承と普及に努力しています。

流派の礎となる学理

 春日流は、現在の佐賀県北部の扇状地に立地する山城を守護する城守の間に秘伝として継承された流儀であり、肥前春日流は龍造寺隆信(1529~1584)の家臣であった上瀧氏に伝承された武家の心得を現代に伝えたものです。
「教学」「医術」「武術」「兵法」「仁道」の五学で構成されています。
なかでも学理の礎になるのが、「医術」です。
春日流では、「医術」を礎とした学理を背景に、「操体術」を用います。
ここで言う「操体術」とは、武術だけに限ったものではなく、日常における体を使うことにまで及び、礼式においても礎となっています。
また、春日流の「医術」については、指圧や整体を中心とする「施法術」和漢方による薬草処方の「薬術」療養や養生に関する「療術」の三術によって構成される和漢方医療です。
 現在は、整体を基軸とした「施法術」の講座を、開業している方向けに実施しています。できる限り幅広く伝承できるよう努力しております。

もてなしの為の礼式

 春日流の礼式はおもてなしを基本とするもので、大名などの高級武士が行う作法とは趣が違います。上瀧家の創始家は竜造寺隆信より百町歩の領地を安堵され、その分家筋も同様の家が多く、一族や臣下、領地の民、御同輩との間での社交に用いられた礼式です。
 ともに茶を楽しみ、場を遊ぶことに重きを置いています。たとえば茶会では、菓子が出されると足を崩し、くつろぐ事を作法とします。これは、一度戦となれば、命を共にする仲間である人々との社交である為です。
茶は作法として「礼式」「振舞」「座会」の三法の構成です。
華は型として「天山」「背振」「流」「衆」「一つ立」の五つがあります。

教養としての武術

 春日流では人としての強さがもとめられます。
主君、領民、一族の平安を守る上で、戦場で生死を共にする臣下や同輩との社交。
領民の信頼を得るための治世。主君に仕え働くための兵法や教養。
これらを合わせ持つ強さに至るには、確固とした理論と理念が必要だとされています。
どのような状況下にあっても冷静に判断する事ができ、時として雰囲気で相手を感服させます。
ここでいう雰囲気というのはいわゆる“気力”の事ですが、この様な内面的な強さを得るためには、肉体的な強さも必要ですが、自然の法則に基づいた術理の理論的な裏付けが重要です。
そして「体力」「知力」「仁力」の三力を体得するのが最終的な目的です。
これらを全て網羅して実践する術を「操体術」と言い、これが本来の姿です。
春日流にとって格闘技の部分は全体の一部にしか過ぎず、人としての器を育むための修練です。